◎牧師の就任について

 角瀬司祭の定年退職に伴い、4月1日付でパウロ上原信幸司祭が高松聖ヤコブ教会の牧師に就任されます。

上原司祭は現在、岡山聖オーガスチン教会牧師ですが、4月からは高松との兼任(兼牧)になります。

3月31日(日)に教区主教により牧師任命式が行われます。

 

◎1月17日、阪神淡路大震災から24年経ちました。あの瓦礫と化した神戸の町の光景が強く残っているためか、それほど以前のことには感じられません。神戸に行くとすっかり様子は変わっていて、綺麗な姿になっていますから、ここまで再建されるためには多くの時間と労力が必要だったことがわかります。阪神淡路大震災以降、全国各地で大きな災害が起こっていますが、それらのところで必ず見られるのが「絆」とか「繋ぐ」という文字です。大きな災害に襲われた時に、人々の繋がりの大切さが良く分かるからでしょう。でも大切なことは、災害が起こったから繋がりが大切になるのではな無く、平穏な時にも繋がりは大切なのです。神戸教区でも社会部を中心に、防災への取り組みが行われており、それが必要なことでもあると思いますが、各教会を眺めた時に、教会が建っている周辺地域との繋がり、教会の、地域への関わりや周辺の住民との繋がりがどのようになされているのか、見直して見るべきではないかと感じています。平時から地域の住民を繋いでいく役割~だんだんと人間関係が希薄となっている時代に、教会がその役割を担うことは大きな意味があると思います。

 

◎キリスト教一致祈祷週間

今年のキリスト教一致祈祷週間は、インドネシアのクリスチャン達によって準備されました。インドネシアは740の異なる言語を話す1340もの民族が生活し、人口の86%がイスラム教徒で、10%があらゆる教派を含むクリスチャンです。しかし他方で公用語としてのインドネシア語によって相互の理解が可能となっています。
しかしそのような中では国民の統一や調和は常に崩れやすい状態にあります。そして一部にはイスラム教徒によるクリスチャンへの圧迫も伝えられており、少数のクリスチャンは厳しい環境に置かれています。またそういうインドネシアに於ける経済成長は、本来、正義を促し、弱者を保護するべき人々を正反対の行動へ駆り立て、結果、貧富の差が拡大し、環境を侵し、憂慮すべき事態が生じている~このように報告されています。
そうしたインドネシアに生きる少数派としてのクリスチャン達が、キリスト教一致祈祷週間の準備に当たり、クリスチャンとして、自らに、今、何が求められているのかを模索し、その中から見出したみ言葉が下の申命記の「ただ正しいことのみを追求しなさい」でした。

こうしてあなたは、あなたの神、主の御前で、すなわちあなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所で、息子、娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、また、あなたのもとにいる寄留者、孤児、寡婦などと共に喜び祝いなさい。あなたがエジプトで奴隷であったことを思い起こし、これらの掟を忠実に守りなさい。麦打ち場と酒ぶねからの収穫が済んだとき、あなたは七日間、仮庵祭を行いなさい。息子、娘、男女の奴隷、あなたの町にいるレビ人、寄留者、孤児、寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい。・・・裁きを曲げず、偏り見ず、賄賂を受け取ってはならない。賄賂は賢い者の目をくらませ、正しい者の言い分をゆがめるからである。ただ正しいことのみを追求しなさい。そうすれば命を得、あなたの神、主が与えられる土地を得ることができる。(申命記16・11~)
この箇所を読むと、身分や立場、民族や宗教が異なっていても、共に神様の恵みを分かち合い、喜び合おうではないかと呼び掛けられています。インドネシアという、クリスチャンにとっては住みにくい世界に於いて、神様のみ心を行い、真摯に信仰に生きようとするインドネシアのクリスチャンの祈りが伝わってくるように感じられます。日本からは遠い世界の人々ですが、わたしたちもその祈りに連なるよう呼び掛けられており、これが「一致」の目指しているというりたいと思います。